作業部会 I は1969年にはすでにその活動を開始していたが、その一方で作業部会 II、III および IV は1970年に作業を開始した。後者の作業部会では、将来の特許庁の資金調達、このような条約の財政規則、行政審議会の責任、特許庁の服務規定に加え、これもまた非常に重要である、国際的枠組みにおける組織の一般の法的状況、すなわち特権および免除に関する議定書、といったトピックが協議された。作業部会の作業は調整委員会によって進められた。定期報告書は、1962年から1972年の間に合計六回開催された政府間会議に提出された。会議が開催された3年間に作業部会が集まった累積時間は、ほぼ一年に匹敵した。議論の進展に沿って、また草案文面の内容に関する意見を―定期的に―出していた様々な非政府組織からの貢献を考慮して、考えられる協定文書の二度の草稿を、さらに高いレベルでの検討や開示事項の決定が求められる会議に提出した。それから1972年6月には、欧州特許庁の将来の活動に関する議定書および規則の追加草案に加えて合意された文書が、会議において準備された。これらの文書はそれから各国政府に提出された。

新しい欧州特許条約の将来的な受け入れの主な要因は、コメントするならば、一般に非政府組織および民間セクターによる受け入れと支援であった。知的財産の分野で世界的に活動している企業や組織から特に高い関心が示された。会議の主催者にとって、AIPPI (国際知的財産保護協会), ICC (国際商業会議所), FICPI (国際工業所有権代理人連盟), UNICE (欧州産業連盟) 等のような組織-ここに示した組織が全てというわけではなく、ほんの幾つかの代表例であるが-からの貢献は、最終的な草案文書に向けた重要な要因となった。そして非政府組織は、国内特許と比較して欧州特許の強化を強く支持した。これらの組織は、例えば国内レベルでの欧州特許の有効性は常に(国内法でなく)欧州特許条約に基づくべきであると明言した。一般に、これらの組織のほとんどは強力で広範囲な有効性の欧州特許に賛成した支援者だった。

政府間会議はまた、そのような条約の詳細に関する提案を進展させるためだけでなく、制度全体を現実のものとするために必要な様々な付随する決定事項を提案するための場であった。

例えば1971 年には、会議中に、ハーグの IIB (国際特許協会) がどの程度まで将来の欧州特許制度における役割を果たすことができるか、あるいは果たすべきかが議論された。IIBが役割を果たす場合、さらなる論点として、それはどのようであるべきかということだった。IIB は、知的財産調査を扱う独立した機関のままであるべきか、あるいはEPOの一部となりEPOのために先行技術調査を行うべきか。最終的には、IIB をEPOに統合し、ハーグのIIBをEPOのオランダ支部とすることが、政府間会議の最終会合で決定された。

続き7章: 会議の主要な成果