長期的な展望に立つと、この規則では基本的に単一効特許の付与プロセスでは各国語への翻訳が必要ないと規定されているが、「従来の」欧州特許付与プロセスでは、翻訳が必須とされる特別なケースも定義されている。欧州特許条約第14条2項は、欧州特許庁における特許出願は、欧州特許庁の公用語でない加盟国の言語でも行うことができると定めている。ただし、欧州特許出願が欧州特許庁の公用語でない加盟国の言語で行われた場合、特許出願後2ヶ月以内にその文書を公用語の一つに翻訳をし、提出しなければならない。翻訳文が期限内に提出されない場合、その出願は取り下げられたものとみなされる。
単一効特許は、実質的にはEPCの規則と手続きを基礎とする欧州特許に基づくものであるため、第14条2項の翻訳に関する規則は単一効特許にも有効である。この観点から同規則は、欧州特許庁の公用語でないEPC締約国の言語で、EPC第14条2項に基づく欧州特許出願を行う場合に発生し得る翻訳費用に関する補償制度の適用を見込んでいる。EU加盟国は、欧州特許庁の公用語でないEUの公用語で特許出願する出願人のために、上限を定めて翻訳費用の一部または全てを払い戻す補償制度を管理する任務を欧州特許庁に与えています。
この補償制度は、規則(EU)1257/2012の第11条で言及されている料金、主に単一効果を持つ欧州特許の更新料によって賄われるべきである。また、この補償制度は、加盟国内に居住地または主たる事業所を有する中小企業、個人、非営利団体、大学、および公的研究機関のみが利用可能であるべきである。
また、翻訳の提供が予想されるケースについての基本的な規則に加えて、紛争の場合に特別な規則が次のように定められている。
単一効力のある欧州特許の侵害の疑いに関する紛争が生じた場合、特許権者は主張された侵害者の要請と選択に応じて、主張された侵害が発生した加盟国の公用語に完全に翻訳しなければならない。もしくは、主張された新会社が住所を有する加盟国の公用語に翻訳する必要がある。単一効果を有する欧州特許に関する紛争が生じた場合、特許権者は法的手続きの過程において、紛争を管轄する参加加盟国の管轄裁判所の要請に応じて、当該裁判所の手続で用いられる言語に完全に翻訳して提出する必要がある。
いずれの場合も、翻訳にかかる費用は特許権者の負担とする。
また、損害賠償請求の紛争に関しては、主張された侵害者が中小企業、個人、非営利団体、大学、公的研究機関である場合の翻訳要件に関する特別条項が明示的に盛り込まれた。原則的に、EU規則のアプローチは、単一効特許制度の潜在的な利用者である上記の対象グループに特別な注意を払うものである。同様の側面は、2013年12月13日の欧州特許庁の行政審議会の決定により適応された、欧州特許条約の実施規則の第6条に見出すことができる。
規則(EU)1260/2012は、このような紛争が発生した場合、紛争を審理する裁判所は、特に侵害者が前述のグループ(中小企業等)に属する場合、特許権者から翻訳文を提供される前に、単一効特許を侵害していることを知らなかったか、知っているという合理的な根拠がなかったかどうかを評価し、考慮すべきであると明示している。
翻訳要件については、規則の適用フェーズが開始されてから最初の6年間は、欧州特許付与手続きにおける言語が英語である場合、EUの任意の言語への翻訳を提供する必要があると定められている。この6年の間、これらの翻訳は前述の補償制度内で検討の対象となる。後に、信頼性の高い機械翻訳が利用できるようになれば、この要件は廃止され、さらなる翻訳は不要になる。この文書では、機械翻訳の重要性と同時に、機械翻訳の制約も強調されている。また、機械翻訳は欧州連合政策の重要な要素であり、一般的に機械翻訳は情報提供のみを目的とし、いかなる法的効果も持つべきでないと述べている。
この経過措置は、近い将来、欧州連合のすべての公用語への翻訳に高品質な機械翻訳システムが利用できるようになるとの予測のもとに決定されたものである。この取り決めでの意図された目標は、単一効果を有するすべての欧州特許が、国際的な技術研究および出版分野で通常使用されている言語である英語によって提供することを確実にすることである。そして、単一効果を有する欧州特許に関する経過措置期間中は、参加加盟国の他の公用語で翻訳が公開されることを保証するものである。これらの翻訳は自動化された手段で行われるべきではなく、その高い品質は欧州特許庁による翻訳エンジンの訓練に寄与するものでなければならない。
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