1980年半ばから大企業や市場情報提供者だけでなく、中小企業や個人の発明家からも特許情報の需要が高まっていったのは明らかだった。欧州特許庁職員の日本訪問中(1980年代、日本は新しい大容量記憶媒体の開発先進国だった)、数ある中でも新しい媒体であるCD-ROMが大量に、しかも手頃な価格で特許情報を公共に提供するための有望なツールであることが明らかとなった。これまでにJapio(日本特許情報機構)では、大容量記憶媒体の様々な可能性が研究されており、Japio による欧州特許庁に向けたプレゼンテーションが、新しい媒体の可能性に対する理解を深めるきっかけとなった。そして当時使用されていた大容量ストレージ用のメディア(マイクロフィルムとマイクロフィッシュ)と比較して、CD-ROMは、様々な記録用途と、利用の機会を切り開くであろうということがますます明らかとなった。

1988年6月10日、欧州特許庁の管理理事会は欧州特許情報政策を採用した。これは様々な経路を介して一般に公開された、幅広い特許情報やサービスの基礎となった。この決断は、欧州特許庁内部に新たな責任連鎖をもたらし、欧州特許庁の全く新しい活動領域を作り上げ、将来の組織構造を決定づけるものとなった。

具体的にはそれまでの断片的なアプローチから、より構造化された特許情報活動と責任の枠組みへの移行を促すような基礎を築いた。この領域においての欧州特許庁の役割が新たに定義され、欧州特許庁は今後、公共データの利用増加をサポートし、欧州における特許情報普及の取り組みを調和させることが期待された。

管理理事会の決定(CA/D 12/88)では、公共と産業の両方、特に中小企業が加盟国の各国特許庁と、これら特許庁と協力する非営利の資料館を通じた革新的な活動を促進するために、欧州特許情報へのアクセスを改善するための政策が定義された。さらにその活動において欧州特許庁は、商業プロバイダー間の競争をゆがめることなく既存の欧州特許情報事業を考慮するべきとされた。

これは欧州特許庁がそれ以降、特許情報の作成および普及に積極的に関与することを意味し、真の新しいアプローチだった。しかし、これは初期の重要な要素でもあるが、欧州特許庁は市場をゆがめることなく、加盟国の特許庁、公共資料館、商業プロバイダーを尊重する必要があった。欧州特許庁は直接公共に対してデータホストとしての役割を果たすべきではなく、さらに自身のニーズや業務、あるいは加盟国のニーズを超えたデータベースを確立するべきではなかった。そして、特許情報の分野において、分散型事業者である加盟国の各国特許庁と競合してはいかなかった。

この政策内の交換協定のもと、欧州特許庁はデータベースを確立しデータを蓄積する必要があった。この役割において、欧州特許庁は各国特許庁がデータベースを利用できるようにすることで、特許情報の中心的なサービス提供事業者として、自身や各国特許庁の活動に関するデータベースを開発・提供すべきであり、自身のニーズを超えてデータベースや機能を開発するべきでないことを明確にする必要があった。

欧州特許機構の域を超えて、特に各国特許庁とのデータ交換の枠組みの中では、欧州特許庁は交換した特許情報データやデータベースを、特許情報活動のために各国特許庁が最良の状態で利用できるようにする必要があった。そして、中心的なサービス提供事業者として、独自に手掛けたデータやデータベース、および交換協定のもと受け取ったデータセットを利用できるようにする必要もあった。

加盟国の特許庁は、特許情報の領域においてどの程度まで積極的に役割を果たしたいのか、選択の自由が与えられた。これはデータの生成のみならず、情報普及のあらゆる側面に適用された。

また、これらデータに関する明確な価格設定も初めて規定された。原則としてオンラインサービスで使用するデータは、配信経路や最終利用供給経路に応じて、公共のサービス事業者としてわずかな費用で利用されるべきであった。同様に、非加盟国も管理理事会との特別な協定により、データアクセスの同様の条件を得ることができた。1980年代後半においては非常に高い市場価値があり、欧州特許庁によって他の用途、例えば内部や資料館向けではないデータが提供される必要があった。

市場価格と限界費用の区別は、その後の数年間の価格設定の基礎となった。1990年代と2000年以降の段階において、価格決定方針はより幅広い自由化のために修正された。

管理理事会のこの決定は、特許情報の分野における一連の技術的発展や決定、特許情報普及における欧州特許庁のますます積極的な役割に関する政策決定の先駆けとなり、また、最終的にはある程度、INPADOCを欧州特許庁に統合する道を開いた。

 

次回は以下のトピック ….

INPADOC
三国間協定
Euro-PCT手続…

 

目次

次章 27章:INPADOCへの道ー第2次世界大戦後の経済

前章 25章:早い時期におけるEPOの特許情報