19章: EPO運用開始の一年目 – 信頼構築
…. 職員間の基本的な取組が欧州特許庁の時宜を得た運用にとって、想定よりも早くその効果が表れた。
新規の人材採用を中心とした人材の確保、職員のトレーニング、管理、ロジスティックスが運用一年目の最大の課題だった。しかし、旧 IIB (国際特許協会)の欧州特許庁への統合もまた、専門性と細やかな配慮を必要とした 。というのも、旧IIBの職員に関しては、既得権、給料、さらに年金制度などの制度全体を、欧州特許庁の規則に従って異なる制度へ導入される必要があったからだ。
運用開始一年目の欧州特許庁の収支予算計画は、欧州特許庁の開設準備に関する暫定委員会で準備された。しかし、運用二年目の予算案は、財務担当の欧州特許庁職員が準備しなければならなかった。経験豊富な職員がこの草案を作成したが、それでもやはり予算、支払および出願費用に関するあらゆる財政面において施行規則を策定するのは大きな課題だった。国際機関としての欧州特許庁に関しては、この草案の枠組みは、国内の規則や実行とは多くの面で異なっていた。その結果、1979年とその後の数年間の予算の実施は、財政的要件に加えて法的要件を満たすために、経験だけでなくある程度の柔軟性と創造性が必要だった。
1978年の欧州特許庁の最初の予算は総額9870万ドイツマルクに達し、収益は主にハーグでの先行技術調査と加盟国からの 財政支援だった。正しい手続費用を出願人が手続期限を逃さず適時に支払うように、欧州特許庁は預金口座制度を1978年に導入した。
主に資料作成と先行技術調査目的のため、旧 IIB で既に利用されていたコンピューターシステムに基づいて、欧州特許出願および特許付与の手続段階の管理用追加モジュールを開発する必要があった。これは、主に資料と先行技術調査のデータを正式管理するための第一段階であり、後に、特許出願の印刷および公開のための書誌データを含む磁気テープを製造することになる。欧州特許庁で開発されたこのいわゆる EPASYS システムは、いまだ重要な背景モジュールとして現在でも使用されている。
1977年を含むその後の数年間、欧州特許庁の新しい本部ビル(Isarビル)は、ミュンヘンのドイツ博物館の近くにまだ建設中であった。従って、ミュンヘンで勤務する当初の110名の職員のために、欧州特許庁は一時的な仮本部が必要だった。最終的にこの仮本部は、後に完成する本部ビル(Isarビル)からほんの2、3分のところにある Motorama ビルに決まった。
管理や人事および財務分野に加え、将来の審査手続の法的枠組みの創設を担うことを目的とし、1977年11月2日にミュンヘンでの最初の職員が採用された。このミュンヘンでの最初の職員は、熱意とスピード感に加えてヨーロッパ精神をもって業務を開始した。この新しい仮本部での勤務は、職員にとって魅力的で、胸のわくわくするようなできごとであった。また、この仮本部は、個人のアパートのような完全に新しい環境が提供され、パイオニアのように感じるものであった。
法的分野では、最初の業務のひとつとして、欧州特許庁への手続に関する代理人となることが可能な専門家のリストを作成した。欧州特許庁の開設当初である1978年当時は、各加盟国の弁理士が、加盟国毎に異なる法的環境におかれていた。そこで、まずは、欧州特許庁の代理人の最初のグループを定める共通規則を策定する必要があった。欧州特許庁開設後の移行期間中は、締約国の各国特許庁から認定された弁理士は、欧州弁理士試験に合格しなくても欧州特許庁に関する代理人資格を自動的に取得することができた。1978年の終わりまでに、約4200 名が代理人のリストに登録された。1981年以降は欧州弁理士試験が積極的に実施され、欧州特許庁の代理人になるためには欧州弁理士試験が必須となった。
ユーザーフレンドリーであることや、ユーザー団体との良好な関係及び定期的な交流を築くことは、欧州特許庁の開設当初から優先度が高かった。欧州特許庁、利害関係のあるユーザー団体、代理人の間の理解を深め、お互いの信頼の構築を目指していた。これにより、活動の全分野に関するユーザーの関心事を欧州特許庁がより深く理解することができ、ユーザーが新しい欧州特許制度に慣れ、その制度を利用してユーザーを支援することに役立った。さらに、欧州特許制度の円滑化のため、お互いに勉強することにも役立った。この戦略に沿って、欧州特許庁は、発足当初の月からユーザーや代理人と定期的に連絡を取り続けた。
欧州特許庁に対する代理人協会は、EPI (Institute of Professional Representatives before the EPO) という欧州弁理士協会である。EPIは、欧州特許機構の管理理事会の最初の会議で設立された。欧州特許庁に承認された代理人となった全ての弁理士は、先に述べたリストに登録されて自動的にEPIのメンバーになる。特に、欧州弁理士試験に関しての見解、意見および経験についての情報交換が、欧州特許庁とEPIとの間で継続されている。
1978年に設立された第二の協会は、欧州特許庁の諮問委員会Standing Advisory Committee before the EPO (SACEPO) だ。この委員会設立の目的は、欧州特許庁の機能についての見解を聞くために、さらに制度化されたルートを作ることだった。この委員会のメンバーは主に産業界および代理人のグループから成る。広範囲のトピックスが、欧州特許制度の有用性と品質の向上を目的として、フォーラムにおいて柔軟に討論される。施行規則の草案、料金の問題、公報のレイアウトなどのトピックスが最初の月のアジェンダだった。
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